エホバの証人が、キター

今日、エホバの証人が布教活動に来た。

自分に取っては、異端になるエホバの証人

三位一体説が、非聖書的であるとかカソリックである自分から見れば、かなりの異端である。

彼ら自身は、真のクリスチャンだということらしいが、聖書の注釈とイエスが出てくる以外その要素が感じられないのだが。

クリスマスに、殺人を犯すなんて異端の異端である。

輸血の拒否なんて、もってのほかである。

自ら持てる物を、全て差し出す。

エスだって仏陀だって、それは同じ信念である。

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また、2000年2月29日、最高裁判所は全員一致で、「医師たちが、ある患者に、たとえ当人が死ぬことになっても輸血はしないと約束しておきながら、手術中その患者に輸血を施したのは、当人の自己決定権の侵害に当たる」とする判決を下した。最高裁判所が、治療法に関する患者の自己決定権を人権の1つとして認めたのはこれが初めてである。エホバの証人の1人である武田みさえは、1992年に肝臓の悪性腫瘍を摘出する手術を受けた後、覚醒前に輸血を施された。最高裁判所の4人の裁判官は全員一致で、医師らが、場合によっては手術中に輸血するとの説明を怠り、手術を受けるかどうかを決定する権利をみさえから奪ったとして、医師らの過失を認める判断を下した。その判決で、裁判官は「患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない」と述べた。みさえが1997年に死亡した後は、親族が訴訟を継承していた。
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医者の信念や、目の前で苦しんでる患者をいち早く助けるということではないのか。

だったら、医者なんか彼らにいらない。

権利よりも宗教よりも法律よりも、正しく強い信念こそが自らを他人を救うために必要なのである!

病院に、エホバの証人お断りとか貼り付ければいいんだ!

自分の愛する人が、目の前で輸血さえすれば助かる状態で、輸血を決断しないのは神は決して許さない!

キリスト教原理主義者の、一言でしたww